カミナシ新CTOに聞く、急成長中スタートアップの組織課題との向き合い方

今年7月1日、現場DXプラットフォーム『カミナシ』の開発及び提供を行う株式会社カミナシの執行役員CTOに、元Amazon Web Services 原 トリ氏が就任。テクノロジーカンパニーへと舵を切った同社に迫るべく、CTO原氏への取材を敢行しました。当記事では、SaaSビジネスの拡大を見据えた組織設計、技術負債やセキュリティなどの組織課題に対する同社の取り組みを紹介します。また、同社でエンジニアリングマネージャーを務める宮本氏にも加わっていただき、CTOの採用背景やCTO設置後の様子も伺うことができました。

原 トリ|株式会社カミナシ 執行役員CTO

ERPパッケージベンダーR&Dチームにてソフトウェアエンジニアとして設計・開発に従事。その後クラウドを前提としたSI+MSP企業での設計・開発・運用業務を経験し、2018年Amazon Web Services入社。AWSコンテナサービスを中心とした技術領域における顧客への技術支援や普及活動をリードし、プロダクトチームの一員としてサービスの改良に務めた。2022年4月 カミナシ入社。

宮本 大嗣|株式会社カミナシ エンジニアリングマネージャー

これまで、某総合研究所、コンサルティングファーム、新規事業開発支援企業、事業会社の経営企画、コーポレートベンチャーキャピタル、など複数企業・複数職種に従事。30代でエンジニアへキャリアチェンジ。業務委託やスタートアップ企業などで経験を積んだ後、2021年6月にカミナシへ入社。

カミナシについて

カミナシは「ノンデスクワーカーの才能を解き放つ」というミッションのもと、日本の就業人口の半数以上にあたる約3,900万人(※)のノンデスクワーカーの働き方を変革すべく、現場DXプラットフォーム『カミナシ』を提供しています。これまで食品や飲食、宿泊、物流、製造など、工場や店舗を持つ180社以上の企業に『カミナシ』を導入いただいています。

(※)独立行政法人労働政策研究・研修機構「職業別就業者数」よりカミナシ算出

カミナシの成長には、CTOが必要不可欠な存在だった

(左から)原、宮本
会社としてCTOというポジション設置に至った背景を教えて下さい。

宮本 大嗣氏(以下、宮本):私自身が、本格的にCTOの採用活動を始めたのは、2021年の8月頃です。それ以前に、経営陣の間ではCTOを設置したいという思いがあり、5年ほど前からCTOを探していました。

なぜ、カミナシにはCTOが必要だったのでしょうか?

弊社が運営している『カミナシ』は、BtoBのSaaSです。今後、さらにサービスが成長していくと巨大なサービスになり、それを支えるには、運用できるだけの開発組織体制と技術力が必要になってきます。

そのため、BtoBのSaaSに対して技術・組織双方に対して深い知見を持ち、また、テクノロジーカンパニーとしての認知や認識を向上させ採用に大きく貢献できる、そんなCTO像をイメージしていました。

将来の成長を考えると、カミナシにとってCTOという存在は必要不可欠でした。

AWSからスタートアップCTOへキャリアチェンジ―― 挑戦の舞台にカミナシを選んだ理由

原さんは、カミナシへCTO候補として入社されていますが、入社に至った背景を教えて下さい。

原 トリ氏(以下、原):前職は、AWSという会社で、さまざまな企業の支援からAWS自身のサービス改善まで経験してきましたが、ある時期から仕事に慣れすぎてしまった感覚を抱くようになっていました。そうすると、まぁ、つまらないわけですよ(笑)

「何か新しいことに挑戦したい」という思いが芽生えてからは、社内で何か面白そうなものはないかと別のポジションを探すようになりました。

ちょうどそのタイミングで、カミナシの出資会社の方からメッセージをいただき、「カミナシの経営陣に会ってみて欲しい」と依頼されました。

「転職はしないですよ」と伝えた上で、「それでも一度、会ってみて欲しい」と言っていただいたので、カミナシの経営陣であるCEO 諸岡とCOO 河内に会うことになりました。

最初は転職意思が全くなかったそうですが、どのような心の変化があり、入社に至ったのでしょうか?

原:カミナシへ入社を決めた理由は大きく3つあります。

1つ目は、自分自身のキャリアの可能性を大きく広げられると感じたからです。

経営陣の2人からは「CTO候補として入って欲しい」と打診されましたが、実は、私はこれまでずっとIC(=インディビジュアルコントリビューター)、いわゆるプレイヤーとして、10年以上仕事をしていました。

そんな私に対して「CTOという役割で来てほしい」というオファーは、あまりにも新しすぎました。これまで、チームのマネージャー経験もなかったので、チームマネージャーとしても、また、経営者という文脈でも新しい挑戦になると思いました。

今まで、食わず嫌いでやってこなかった分野でしたが、自分の10年、20年、30年先のキャリアを考えた時に、可能性を広げられるチャンスだと思えたので挑戦を決めました。

2つ目は、経営陣2人の人柄です。

会話をする中で、たとえ何か失敗したとしてもこの2人と一緒であれば美味しいお酒が飲めそうだな、と(笑)

カミナシの掲げるバリューの1つに”全開オープン”という言葉がありますが、まさにそのような風通しの良さを2人から感じることができました。

3つ目は、ビジネスそのものに面白さを感じたからです。

カミナシは”ノンデスクワーカーの働き方を変える”というミッションを掲げています。ノンデスクワーカーというITからとても離れた領域に、ソフトウェアの力を持ち込むことを試みている点に新しさを感じました。同時に、誰かがやるべきで誰も手に付けてこなかった領域でもあるので、社会的にも大きな意義のある仕事だと感じました。

当時、原さんが入社されると聞いて、社内の皆さんの反応はいかがでしたか?

宮本:「原さんの入社が決まった」と聞いた時は、半信半疑でした。転職してくれそうな感じはしなかったので、2回位聞きなおしましたね(笑)経営陣を含め、皆、驚いていたというのが正直なところです。

外資IT大手→スタートアップ転職で感じた大きなギャップ。同時にCTO業務へフルコミットする使命感も芽生えた

原さんが入社した現在のカミナシのエンジニアリング組織体制を教えて下さい

原:ソフトウェアエンジニアは正社員9人で、加えて業務委託や副業・兼業の方がいます。業務委託の方も優秀な方が多く、社員と業務委託という雇用形態以外は、あまり垣根がない組織です。

AWSから、エンジニアリング組織10名程度のスタートアップに転職されると環境も大きく変わったかと思いますが、どのような点にギャップを感じましたか?

原:色々ギャップはありましたが、中でも、仕事の進め方に大きなギャップを感じましたね。

前職では、ドキュメントを書いて、非同期でやり取りすることが当たり前でしたが、カミナシは、全員が同じタイムゾーンにいて、チャット(Slack)で会話をするのが基本です。

現状の規模の会社であれば、今のやり方がとても快適ではありますが、意思決定の根拠がSlackのかなたに消えていったり、そもそも社内で検索しても重要な情報にたどり着くこと自体が難しかったりと、デメリットもあると感じています。

今後、組織が拡大していくと、特に技術的に重要な意思決定の経緯や根拠を示したドキュメントが残されているということは、これまで以上に重要になってくるはずですので、徐々にチームの文化として取り入れていかなければと考えています。

ちなみに、最初、原さんはカミナシへCTO候補として入社されていますが、7月1日に正式にCTOを公表するまでの経緯を少し教えていただけますか?

原:入社時点では、具体的にいつからCTOに就任するかは明確ではありませんでしたが、入社直後からCTOとして動く必要がある仕事が何件か発生していました。

入社後の経営陣2人との面談の中で、CTO就任の時期感の提案があり、私自身も「正式にCTOに就任することで、よりカミナシにコミットしていきたい」という思いが強くあったので、その申し出を受け入れました。具体的には、入社から約1ヶ月ほど経った頃に、正式な就任時期が決まりました。

宮本:私も原さんと面談するとき、「早く、原さんCTOになってくださいよ。今、何が障壁になっていますか?」と、よく言っていましたね(笑)

なるほど。どのような時にCTOの肩書きの必要性を感じたのでしょうか?

原:特に必要性を感じるのは、エンジニアリング全体の方向性の話を公の場でする時です。単なる肩書きとはいえ、やはり社のエンジニアリングを代表する立場として発信した方が、僕自身が発言する根拠がクリアになり、ただ発言するだけではなく実行まで責任を持つことに説得力を持たせられます。

宮本:ソフトウェアエンジニア採用に携わる身としては、採用活動の場で、「CTOがいる」と言えることは利点になります。特に、ソフトウェアエンジニアの場合は、CTOがいる組織なのかを気にされるている方も多いですからね。

入社1ヶ月目。まずは最重要課題のひとつである「セキュリティ」に着手

原さんは、4月に入社してから現在までにどのような課題に取り組まれてきましたか?

原:課題は無限にあります(笑)

僕が会社に求められている役割は、“大きな仕組みを整えて、会社が前に進んでいけるようにすること”であると理解しています。従って、僕自身が手を動かすポイントは、1つ1つの課題を解くためというより、「仕組みを作ることで拡大したり、レバレッジを利かせられる部分」と決めています。

それゆえ、最初こそ手を動かすことも多かったですが、優先順位にシビアになった結果、今はあまりコードを書く機会も作れていません。ちょっと残念ではあります。

具体的に最初はどのようなところで手を動かされたのでしょうか?

原:僕が実際に手を動かした点は、”セキュリティ”領域です。

「セキュリティと信頼性は、カミナシのトッププライオリティです。」を、今後エンジニアリングチームの標語にしていきたいぐらいなのですが、優先順位が非常に高い事柄なので、チームの動きを待つのではなく僕の方で手を動かして整備していきました。 

セキュリティをトッププライオリティに置く理由は何でしょうか?

僕たちは、お客様の大事なデータを預かっています。それらに対して僕らがデータを守る努力をしていないとなると、本来、自社の商品を売り込んではいけないわけです。僕たちとの信頼の上にビジネスが成り立っているので、セキュリティに投資することは、企業姿勢としてとても大事なことです。

エンジニアリングだけでなく、ビジネス側もきちんとセキュリティの重要性を理解できる会社になって初めて、テクノロジーカンパニーと言えるので、全社的に意識を高める必要性があります。

社員のセキュリティ意識を高め、「この新機能のセキュリティ面のリスクってすでに考察は済んでますか?」という話題が主体的に生まれるような企業文化を作ることが当然に必要なわけです。

サービスの未来の価値を見据え、まずは技術的負債を返済できる環境作りに尽力した

セキュリティ以外には、どのような組織課題に取り組まれましたか?

宮本:これまでのカミナシはビジネスサイドがリードしてきたと言えるかもしれません。それ故、色々な要望がビジネスサイドから流れてきたときに、それにエンジニアが応えるというような形が多かったです。しかし、原さんが加わり、適切にサービス運用をコントロールできるような仕組みづくりに取り組まれている様子が印象的です。

原:今、宮本も言及した通り、セールスやCSがこれまでビジネスを力強くドライブしてきてくれました。加えて、スタートアップらしく、スピード感や勢いもあるので、どうしても”新しい機能を作ること”に力学が倒れがちなんですね。

しかし、3~5年という中長期的な視点で考えると、新規機能開発だけやればよいと思っている企業は伸びていきません。”お客様に安定したサービスを提供すること”こそ、カミナシが提供するサービス価値の基盤になっていくからです。

そこで、ひと月ほどの期間を完全に技術的負債返済にあて、まずは継続的な改善業務のボトルネックになっている部分を解消することに振り切りました。

また、それ以降も、返済の優先順位が高い技術的負債返済を返済し切るまでは、必ず一定の時間をそれらの返済にあてがうことをサービス開発チームのルールとして定めました。

技術的負債返済に時間を使うことをルール化することで、「新機能を開発しなければ」となってしまうチーム外からの力の作用を僕のところでせき止められるような仕組みにしました。

宮本:ちょうど弊社の期の替わりで目標としていた売上を達成していたこのタイミングだからこそ、思い切って技術的負債の解消に時間を当てられたという事情もありますね。

原:すでに技術的負債返済の目標時期や優先順位はついているのでその辺りが片付いていくのに合わせて、またしっかり機能開発の時間的比重も高めていこうと考えています。中長期的な価値を犠牲にせずに機能開発を行える組織体質の実現を目指し、継続的に取り組んでいく予定です。

技術負債の優先順位はどのようにつけていらっしゃいますか?

原:システムとチームの両面を見ながら、優先順位をつけています。

就任時のnoteで「チームを不用意に分割しない」と書きましたが、単一のチームが拡大していくと、チームの自律性を維持するためにはどこかでチーム分割が必要となります。今のカミナシは、「エンジニアリングチームをどう分割するか」というのを考えなければならないのですが、チームを分割するためには先に解決しなければならない技術的な課題がいくつかあり、それらも優先度高く設定しています。

それらが解決しないままチームを分割してしまうと、それぞれのチームのシステムに対するオーナーシップが不明瞭になってしまいますので、システムとチーム両面をみながらチームの分割を計画するよう気をつけています。

経営層の背中を見て学んだ長期的視点の大切さ。EMと協力し、内と外の両面から組織へアプローチする。

原さんのCTOとしての現在の仕事を教えて下さい。

現在は、中長期計画に対する動きが8割、採用や採用広報の仕事が2割です。しかし、来年のカミナシはまた組織フェーズも変わっていると思うのでCTOの動き方というのは、今とまた違ってくるかなと思います。

CTOになり、特にどのような仕事が増えたと感じますか?

原:無(ゼロ)から何かを考え、生み出す仕事が増えました。

例えば、CTO就任時にnoteに記事を書いたり、採用プロセスの定義やジョブディスクリプションの精緻化に取り組んだりしています。ジョブディスクリプションは、自分たちに必要な人材をしっかり言語化しなければいけないので、結構時間を割いています。

その他、エンジニアリング組織の仕組みについて考える時間も多いです。会社もエンジニアリング組織ももっと強くしなければいけないと常々思っていますが、現状のエンジニアリング組織は、その場しのぎな局面もまれにあります。ただ単に打ち返すだけでなく、仕組みとしてそれを変えていけるようにしなければいけません。「そのために必要な仕組みはなんだろうか」「何がボトルネックになっているのだろうか」という点を発見し、言語化することに取り組んでいます。

宮本:原さんご自身は、ジョブディスクリプション作成も経験がないと言っていましたが、とても器用にこなしているな、と思います。「本当はコードを書くことが好き!」と言いつつも、必要な時に必要なことをやれる人だと一緒に働いていてつくづく感じています。

一緒に働くEM宮本さんとはどのように連携しながら進めていますか?

原:組織やチームは、”チームの中から変わること””チームの外から仕組みとして変わること”の両面が組み合わさって、初めて安定感とスピード感をもって良くなっていくものだと信じています。

”チームの中から変わること”は、良いエンジニアリングカルチャーやスキルを持っている人材を採用して、彼らが活躍できるように宮本さんがうまくチームを機能させることで実現されます。

ただし、それだけでは足りず、同時に”チームの外から仕組みによって変わること”も重要だと考えています。例えば、先ほどお話したような「一定の時間を重要な技術的負債の返済にあてるルール」はその一つと言えると思います。チームにとっての「ハーネス」を提供し、中から変わろうとしているチームを支えるための仕組み作りの責任は、僕にあると言えます。

チームの役割分担や評価についてはどのように考えていますか?

原:僕は、新機能開発をずっとやっているような人や、不具合修正だけをずっとやっている人のような役割分担が生まれてしまう組織は良い組織とは考えていません。

そのような役割分担やチーム分けは、プロダクトへのオーナーシップを欠如させるだけでなく、組織内での対立構造にも繋がりかねません。いつも新機能開発だけやってる人、いつもそれらを押し付けられて運用している人、不具合をひたすら直している人、というような役割分担は少なくともサステナブルなチーム状態にはつながらないでしょう。

だからこそ、僕は「サービスのライフサイクル全てに貢献している、あるいはそのための努力をしている人こそ素晴らしい」という評価軸を持っています。

この考え方をベースに、宮本さんが、各ソフトウェアエンジニアの志向性や貢献度などを見て、バランスよく評価してくれるだろうと信じています(笑)

経営という立場においては、どのような心境の変化がありましたか?

原:CEO諸岡、COO河内と一緒に行動していて感じることは、数ヶ月では結果が出ないけれど、ロングタームでやらなければいけないことに軸足を置いて、進めていくことの大切さです。

その姿勢を見習いながら、私自身も1年後、3年後、5年後のことを考えてやらなければいけないことに取り組んでいます。

日本有数のテクノロジーカンパニーを目指して。今すべきは、マラソンができる組織を作ること

最後に原さんがカミナシで成し遂げたい夢を教えて下さい。

長期的には、テクノロジーカンパニーとして国内でも有数の会社になっていくという目標があります。

ただ、短期的には、まずは息切れしないエンジニアリング組織を作っていきたいです。SaaSビジネスは5年、10年と運用しなければいけないので、この体質改善をおこなうことは必要不可欠です。

短距離走だけではなくマラソンができる組織に整えて、カミナシで働く皆が「エンジニアリング楽しいね!仕事楽しいね!」と心から思える会社にしていきたいです。

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