レシピ動画メディア『DELISH KITCHEN』のCTOが語る、テクノロジー強化時における採用と組織編成

2,000万人以上が利用している日本最大級のレシピ動画メディア『DELISH KITCHEN』を運営する株式会社エブリー。今回は同社取締役 CTO梶原氏に、ヤフー株式会社~グリー株式会社を経て同社取締役CTOへ至るまでのキャリアと、テクノロジーをより強化していくため新たに開発本部を立ち上げた時のお話を伺いました。

梶原 大輔 |株式会社エブリー 取締役 執行役員 CTO

2006年4月、ヤフー株式会社に入社。2007年2月、グリー株式会社に入社後、エンジニアとしてゲーム・インフラ・技術基盤の開発に従事、 2014年より同社執行役員に就任し、インフラストラクチャ本部長、開発本部長を歴任。2016年より複数の子会社の代表取締役・取締役として新規事業の立ち上げを行う。2017年同社退社後、10社以上の企業の社外取締役・技術顧問・出資支援を行いスタートアップ企業の成長支援に携わる。2018年5月、株式会社エブリーに入社し、同年6月取締役CTO就任。

株式会社エブリーについて

株式会社エブリーが運営するレシピ動画メディア「DELISH KITCHEN」
御社の事業内容を教えて下さい。

弊社は、“動画を通じて世界をもっと楽しく、もっと充実した毎日に”をコンセプトに事業を展開しています。その中で、開発本部が関わる事業は大きく2つあります。1つ目がレシピ動画メディア『DELISH KITCHEN』。“誰でも簡単においしく作れる”をコンセプトに、管理栄養士など食のプロによって考案された3万件以上のレシピを動画で見ることができます。安心・安全はもちろんですが、一般の家庭の冷蔵庫やスーパーに置いてある食材を使って調理できるレシピが豊富です。現時点で『DELISH KITCHEN』のアプリDL数は1900万以上、SNSのフォロワー数と累計で2400万人以上と沢山の方にご利用いただいてます。

2つ目が昨年末にアプリ・Webを立ち上げたファミリー向け動画メディア「MAMADAYS」です。離乳食・幼児食、掃除術・洗濯術、DIYなど、ママ・パパの365日に役立つ情報を動画で毎日お届けすることで、ママ・パパが抱える課題の解決に取り組んでいます。

エンジニアを目指したのは父の影響

初めに、エンジニアへ興味を持ち始めたきっかけを教えて下さい。

もともと父親が、「日曜プログラマー」という形でプログラミングをやっていたので、その影響で僕もプログラミング(Delphi、Object Pascal)をやり始めたというのが最初のきっかけですね。当時父親は、競馬の予想ソフトを作っており、その界隈でとても有名でした。90年代前半は、インターネットの前進ともいえるパソコン通信というものがあったのですが、日本中の人が見ているパソコン通信で父が作ったプログラミングソフトを使っている人がいるという事実を目の当たりにし、ネットワークを使って何かを行うことに面白さを感じました。

また、競馬は馬の血統、種類、過去のレース実績、ジョッキーなど様々なデータが公開されているんですね。それらの膨大なデータを網羅して未来を予想していくというのは、コンピューターにしかできないことだなぁ、とコンピューターテクノロジーの素晴らしさを感じていました。 その後大学へ進み、分散アルゴリズムやIPv6の研究を行っていました。研究室には、MP3の音響データを圧縮する技術に携わっている方やUNIXで使う日本語のフォントのライブラリを公開しているといった技術力の高い同期が沢山いたんです。身近でソフトウェアで変革を起こせる素晴らしさを感じることができ、エンジニアリング技術を持った人が世界を変えていけるんだな、と当時から思っていました。

2006年に新卒でヤフーに入社していますが、当時ヤフーへ入社を決めた理由は何でしたか?

当時は就職するのか、研究の道へ進むのか悩みましたね。研究はもちろん必要なことで誰かがやらなければいけないことは分かっていたものの、研究したものが世の中に出てソフトウェアとして使われるまでには長い年月を要するじゃないですか。それよりも私は、作ったものをもっとすぐに世の中に使って貰えるような仕事に就きたいと思い、インターネットサービスに携わる仕事をしようと決めました。そして、ユーザー向けにサービスを提供している日本No1のサービスはヤフーしかないと思い、ヤフーのみ受け、無事入社することができました。 実際、ヤフーはインターネットで世界を変えようとしている人やインターネットに未来を感じている同期が多くいる環境だったので、とても刺激的でしたね。

けれども、入社後約10か月でヤフーを退職することになりました。きっかけは、当時一緒に働いていた先輩が、ヤフーを辞めグリーに行ったことです。当時のグリーはというと、ガラケーにフォーカスして事業拡大していくタイミングで、まだ30人程度の小さな組織でした。

一度、先輩に誘われてグリーのオフィスにお邪魔する機会があったのですが、今ないモノをゼロから作り上げていくというワクワクする経験がここならできると思うようになりました。

もちろんヤフーで学べることは沢山ありますし魅力もたくさんありますが、一方で、自分1人が持てる裁量や会社への貢献度の大きさを考えると、がむしゃらに働ける今しかできない経験はグリーにあるのでは、と思い転職を決意しました。

グリーで1エンジニア→経営に携わるまで

グリーに入ってからはどのような仕事を経験しましたか?

ありがたいことにトラフィックも増えていったので、日々その対応に追われていました。私たちは、どうユーザーへストレスなく環境を提供していくかを、サーバー、ネットワーク、基盤の方面から考えてやっていました。一方、事業側のメンバーは朝のKPIを見て、リリースを行って結果を見るというように、高速にPDCAを回していましたね。 当時は、ユーザーが増えていく瞬間を見届けるためにカウントダウン作って、「ユーザー数100万人突破!」と皆で喜んでましたね!「Facebook」の映画を見た時、同じような場面があり、グリーは先取りしてやっていたな、と思いました(笑)まぁ、そういうのは文化祭の前日みたいで楽しかったです。

2014年よりグリーの執行役員に就任していますが、その経緯を教えて下さい。

「期待以上のものを出して信頼を得る」ということを信念にしていたので、私に任せると面白いんじゃないかという期待があったのでは、と思います。 私の仕事のスタンスは、「とりあえずNoとは言わず、迷ったら面白そうだからやってみる」と、基本的に仕事は選ばずにやってきました。そのため、グリーでは、最初エンジニアとして入社し基盤側をやっていた中で、たまにゲームの開発にアサインされることもありましたし、マネージャーを任されることがありました。このように色々な経験を積むうちに、信用マイルが貯まっていったのではないでしょうか。

当時はマネジメント側に行くと思っていましたか?

全然思っていなかったですね(笑)

私は、理系で研究室から出てきた人間だったので、技術を極めていくと思っていました。ただマネジメントに対しては興味もありましたし、声をかけてもらったことはチャンスだなと思いました。こういった機会をチャンスと思って掴めるかどうかは本人の心の準備や心の持ちようだと思いますが、当時の私はチャンスだと捉えてチャレンジすることに決めました。 愛読していた「Good Luck」という自己啓発本も、背中を押してくれました。

その後グリーでは、開発を離れて子会社の社長をやったり、所謂、事業側の領域の仕事を行っていた時期もあり、非常に面白い経験をさせて貰えたなと思っています。

梶原さんは経営分野をどのように学びましたか?

グリーの時に尊敬できる方がたくさんいたので、その方達から学んだというのが大きいです。その他、私はネットの情報をとことん調べる性格なので、年齢問わず、気になった政治家や経営者がいたら、それを徹底的にコピーするということをやっています。そのため経営者の振る舞い、資料作りや事業計画作りは真似しながら覚えていくということはしていましたね。

開発本部のCTO室長を務めていたことがありますが、CTOの藤本さんからはどのような影響を受けましたか?

CTOの藤本さんは、入社以来ずっと私の上長だったのですが、最高な上司でしたね。もちろん、技術力や緊急事態が起きた時の突破力は素晴らしいのですが、誰に対しても誠実で一人一人のエンジニアと真摯に向き合い意見を聞き入れる姿勢はとても参考になりました。

ある障害対応を藤本さんとしていた時、私は「私がやったことではないから分からない」と言ったことがあったんです。すると藤本さんも「僕も知らないよ」と言いながらも黙々と対応していました。その時の対応を見て、CTOという立場は、自分のしたことでなくても自分事と捉えて対応していく姿勢が重要だということを気づいたんです。やはり、CTOは組織の中の最後の砦じゃないですか。その人が投げ出してしまうと見る人がいなくなってしまうんだと。この時、“圧倒的当事者意識”という言葉の意味を学んだように思います。

その後、エブリーに出会うまでの経緯を教えて下さい。

グリー退職後の1年間は、社外取締役・技術顧問・出資支援など10社以上の企業のスタートアップの成長支援に携わってきました。

色々な業界の様々な産業構造、課題、収益の上げ方などを知れたことは大きな経験でしたね。様々なサービスを見ていて、エンジニアがまだまだ活躍できていなかったり教育体制が整っていなかったり、日本における研究者の位置づけに課題があったりと、様々なことを学ぶことができました。ただ私自身としては、顧問としてよりも、もっと自分で手を動かしながら主体的に関わっていきたいという志向だったのでエブリーへ入社することに決めました。

エブリーへ入社を決めた理由は、大きく2つあります。1つ目は、エブリーが今解決しようとしている課題 、その社会的意義の大きさに共感できたことです。2つ目は、そうはいっても誰と一緒にやるか、は大事と思っています。エブリーの社長の吉田は、ヤフー時代からの先輩でグリー時代にソーシャルゲームを作り上げてきた過程も見てきたので、この人と取り組むことでまた面白いことが体験できるのでは、と思いました。

エブリーで組織を2倍以上に拡大!どう採用し、組織を作ってきたのか

入社当初のエンジニア組織について教えて下さい。

入社した当時は、エンジニアが10人程度で、もう一段階、組織や事業を拡大していくにはマネジメントの観点が必要、という時期でした。なので、私は純粋に組織のマネジメントを求められていましたね。

そのため、まずメンバーの話を聞くところからスタートして、それだけだとただのコンサルになってしまうので、自分事化するために1人のエンジニアとしても開発をしていました。勉強のためにシステムをエンハンスしたり、課題は山積している状況だったので、どう解決していくかなど考えていきました。

入社半年でエンジニア組織が2倍以上になりましたがどのようにして組織を整えていきましたか?

まずは、エージェントの開拓やスカウト媒体はどれを使うのかといった根本的なところから勉強し直しましたね。それから、立ち上げ時期は教育コストがかけられないので、一人で主体的に動ける 中堅エンジニアを月1~2人のペースで徐々に増やしていきました。今は若手もいますが、立ち上げ初期は若手が入ってもお互いハッピーな状況ではないと思い採用しませんでした。

加えて、組織を上手く回すためにエンジニアマネージャーの育成に力を入れ、マネージャーができそうな候補を見つけて任せていくということもしました。マネージャーは、経営陣 と決めた育成プロセスに乗せるようにしていますが、必ず、本人の意思を尊重するようにしています。特にエンジニアだと、マネージメントをするよりも自らの技術力を高めたいといった志向の方もいらっしゃるのでキャリア志向を聞いてから任せるようにしています。段階としては、まずプロジェクトのリーダーをお任せして技術的な意思決定など調整からスタートし、そこからピープルマネジメントへ広げていくというスタンスです。

採用・組織作りで気を付けている点はありますか?

採用においては、スキル重視というよりは、私たちが実現したい世界、解決したい課題にフィットしてくれる方を採用するようにしています。    

また、前職で色々顧問を経験してきた中で中古車のガリバーの常務を務めていた吉田さんと出会いから改めて採用基準を言語化することができました。吉田さんは、スキルだけで採用してはいけない、マインドセットとひとくくりにするべきだとおっしゃっていて、入社する会社のビジョンに共感しているか、自分事化できているか、業務に取り組めるかなどバランスよくみないといけないということを教えていただきました。

事実、スキル重視で採用してしまうと、困難な状況が発生した際にもっと待遇の良い会社へ行ってしまいますし、単にスキルだけで採ってはいけないと学びましたね。

また、組織作りでは、1on1で話を聞くということは意識して行っています。 反省になりますが、前職では話を聞くのが得意ではなく、どうしてこのメンバーは入社してくれたのかなど、あまり把握せずにやっていた部分が多かったんです。相手を知ることが出来ていなかったため、当然そのメンバーのモチベーションの源泉がどこなのかも分かっていませんでした。皆が皆技術追求したいという訳ではないのに、技術寄りのタスクをお願いしてしまうこともあり、上手くいきませんでした。それ故、今は本人の意志を把握するよう意識していますね。

テクノロジー強化のため組織を再編成。エブリーが描く壮大なビジョンとは?

エンジニアの組織体制を教えて下さい。

今年1月から会社全体としてよりテクノロジーへ注力するため、新体制に変えました。

今までは事業部内にエンジニアがいましたが、今は横のノウハウを共有するために横断的な組織として開発本部を設置しています。開発本部には、サービスに向き合っているDELISH KITCHEN開発部とMAMADAYS開発部があり、それから全社横断的な機会学習を専門としたデータ&AIグループや、SREと言ったグループがあります。    

現在、コロナ禍で体制はどう変わりましたか?

コロナ前まではリモートは原則禁止だったのですが、2月中旬からずっとリモートワークです。リモートワークでは、個人の業務は最大化されますが、チーム間の連携は難しい状況です。そのため、チーム内でDiscordやSlackコールを常に立ち上げておき、席にいる感覚で聞きやすくするという工夫はしています。

また、経営からのメッセージ発信やミーティングの様子をZoomで録画して全社員へ共有するということをやっています。各事業、各チーム、月次の経営会議で実施していますがこれはメンバーからも好評です。

現在の梶原さんの業務内容を教えて下さい。

現在は、開発本部長として全社のエンジニア技術戦略の立案と遂行が5割、採用やエンジニア育成、ビジネス的なプレゼンスを向上させるための広報業務などが残り5割といった感じです。

今は、仕事で自らコードを書くことはなくなりました。もちろん書きたいという気持ちはありますが、私がどう動くのが会社にとって一番最適なのかを考え動いてます。事実、僕よりもっとすごい人に書いてもらった方が良いですしね(笑)

最後に、梶原さんが今後成し遂げたいことを教えて下さい。

『DELISH LITCHEN』は2000万を超えるユーザーの方に利用していただいているサービスに成長しましたが、今後は「食に関するトータルサポートを叶えたい」という目標を掲げています。具体例をあげると、今、料理をする人の多くが、日々の献立を作ることが大変という課題を抱えています。その課題に対して、我々はレシピを提供していますが、今後はよりレコメンドの精度を高めるため、アプリの中の行動データだけでなく、現実社会の行動ログを獲得しようと、小売りとの連携など様々なことに取り組んでいます。このように、『DELISH LITCHEN』は、「見つけて、食べて、美味しい」というところまでトータルサポートできるそんなサービスを目指していきたいですね。

また『MAMADAYS』にも、課題は沢山あります。僕も子育てしていた時、「子供がベッドから転落した」と検索すると不安を煽るような情報が多く、欲しいと思っている情報になかなか辿りつけないという経験があります。私たちは、ママ・パパが本当に必要としている情報をテクノロジーの力を使って正しく届けていきたいと考えています。

梶原氏のおススメのビジネス本
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