前回のコラムではCTOのエンジニア採用事例として、私自身が初めて責任ある立場としてエンジニア採用を行ったシンガポールでの話をお伝えしました。海外のような未知の環境でも、
・採用や採用要件の目的を明確にすること
・その未知の環境をしっかり自分の目と耳で理解すること
・正しい情報を伝えることで正しい候補者を集めること
などで、採用を成功させることができます。
今回も1つのリアルな例を挙げたいと思います。ズバリ、「スタートアップ初期におけるエンジニア採用を成功させるコツ」について、再度経験をもとにお話しします。
スタートアップ初期のエンジニア採用で気をつけるべきこと
スタートアップの初期は、どのような会社であっても基本的に共通するのは「不確実性が高い」という事です。
誰も成功を証明していない市場、ビジネスモデル、サービスなどに機動力をもって取り組むことがスタートアップの存在意義です。「こうすればうまくいく」というものは何もありません。不確実性が高いとは、そういう環境で日々変化をしていく状態です。
そのため、エンジニア採用において「何のためにどのような人、チームが必要か?」ということをクリアにしたくても、またはしたとしても、すぐに状況が変わってしまうことは日常茶飯事です。目的が意味をなさなくなってしまうことも多々あります。
また、スタートアップの初期は資金があろうがなかろうが、出来るだけ早く次の道筋を立てなければなりません。プロトタイプを作るなり、PMFを検証するなり、何らかのKPIを目指すなり、常に次のゴールに急き立てられている状態です。
このような中で進めるエンジニア採用は、明らかに事業や組織が出来上がった企業での採用とは異なります。
では、重要だと思われる点を以下の3点にまとめて整理します。
1)採用スピード
2)不確実性への対処方法
3)リスクヘッヂ
1)採用スピード
とにかく速く動く事、これスタートアップにおける鉄則です。どうせすぐに変わってしまうのであれば、ゆっくり計画を立てているより早く実行をして結果を見たほうが次のアクションの精度が上がります。
そんな時に採用に1ヶ月も2ヶ月もかけていられません。その間にも状況はどんどん変わり、資金は減り、次のゴールへの期限は迫ってきます。内定を出した時と入社したときで、役割や環境が変わってしまう事はスタートアップではよくある話です。
エンジニア採用においてスピードを出すための手段は2つあります。
- そもそも時間のかかる社員採用よりも、今すぐ手に入るリソースを調整すること
フリーランスや副業エンジニア、クラウドソーシングなど、手段は色々あります。しかし、これを繰り返していてはいつまで経っても安定したチームとは言いにくく、組織を成長させていくことで生産性を高め、アウトプットを最大化していく、というチームの良い点を享受しにくくなってしまいます。 - そもそも採用を始めるずっと前からその準備をしておく
エンジニア採用にこだわりながらスピード重視で進めるもう1つの方法です。エンジニア採用を始めようと思ってからあれこれ準備をするのではなく、創業初日から、もしくは参画したその時から、採用の予定があってもなくてもその準備をしておくことです。
実はこれは実際に私が行った事です。スタートアップ創業準備時に、「いつか必ずエンジニア採用を始め、チームを作り、スケールしていかなければ」という前提で準備を開始しました。
何をやったか、というと非常に簡単です。とにかくできるだけ多くの知り合いに、起業したこと、エンジニアをいずれ採用すること、を伝えました。
なんだ、そんな事かと思うかもしれませんが、これをやるのとやらないので後から埋められないほどの大きな差があります。実際に、いざ採用をしたいと思った瞬間にはもう参画してくれる可能性のある人が名指しで挙げられる状態で、あとは改めて正式にオファーや交渉をするだけです。
当然「知り合いだから」という理由だけでジョインしてくれるわけではありません。
- 今やろうとしていることがどういう事なのか
- どのような成功イメージをもっているのか
- 技術的な面白さはあるのか
などありとあらゆる説明材料を準備しておく事も必要です。
また、採用を始めるずっと前からこのような内容について壁打ちをすることで、
「これはけっこう刺さる」
「これはこういう人にはむしろマイナスになる」
などの感覚を掴んでおくことができますし、プロダクトそのものへフィードバックをもらうことが出来ます。
前回コラムで、シンガポール赴任直後右も左もわからない環境でひたすら面接をしながらこちらの説明内容を洗練させていく過程とまったく同じです。
CTOに限らずエンジニアを採用していく立場に将来なっていくのであれば、エンジニアの知り合いをとにかく増やしておくことに越したことはありません。私は意図的にそうしていたわけではないのですが、幸い過去の様々な職場で一緒に働いたエンジニアがとても頼りがいのあるメンバーだった事に加えて、度々会う機会があったりSNSなどで緩やかに繋がり続けていた事に助けられました。
これが、スタートアップにおいて最も大事な「採用スピード」を実現するための糧となります。
2)不確実性への対処方法
スタートアップで起こる不確実性で、エンジニアやプロダクト開発に大きく関わるのはピボットです。エンジニア採用に限らず技術・アーキテクチャの選定などプロダクト開発全般において「ピボットする前提」で何事も考えておく必要があります。
ピボットとはどういう事かというと、B2Cのつもりでサービスを作っていたら実はB2Bで収益化することになった、とかメディアをやっていたら実はツールとして開発していたものをSaaSとして提供した方がうまくいった、などスタートアップにはいくらでもそのような事例があります。
この不確実な環境下でエンジニアを採用するのであれば次の2点を面接時にしっかりと確認しておくべきです。
- 変化(=ピボット)を受け入れそれに適応できること
- 現行の技術やサービスへのモチベーションより、事業が目指すビジョンやチーム(つまりピボットに影響を受けにくい)へのモチベーションを問う
初期の段階では特定の技術やサービス種類に特化したエンジニアを採用することはあまりおすすめしません。もちろんエンジニアとしては新しい領域でもどんどん適応していくのが常なのですが、モチベーションが「メディアを作りたい」「ビッグデータに関わりたい」などだった場合、採用時にはニーズがマッチしていてもピボット後に自分のやりたい内容ではなくなってモチベーションが合わなくなってしまい、それが原因で辞めてしまうかもしれません。
3)リスクヘッヂ
スピードや不確実性への対処に気を配ったとしても、スタートアップでは資金面でのリスクが発生することがあります。特に、資金調達のスケジュールが狂い、一時的に資金難になることもあります。つまり、採用したは良いが当初の給与が支払えない、組織をダウンサイズしなくてはならない、という事が無いとは言い切れません。組織を縮小することにより、残ったメンバーでやるべき事が想定以上に増えることもあります。最悪の場合解雇せざるを得ないこともあるかもしれません。
採用をするにもかかわらずこのような事を考えなくてはならないのがスタートアップですし、そのような事があっても責任を持って対処すべきです。
これについて一番大事なことは、そういう事が起こりうる、と採用時に素直に説明することです。
周囲の期待が大きいスタートアップ、特に資金調達をして採用を強化しようとしている中ではバラ色の説明をしがちです。しかし、最初にその可能性も含めてスタートアップへジョインすることのリスクをしっかりと理解してもらった上でジョインをしてもらう事が双方にとってのリスクヘッヂになります。そもそもスタートアップにジョインするということはそういう事ですし、それを補って余りあるくらいの面白いチャレンジを一緒にしよう、という話ができることが最大の魅力です。
終わりに
スタートアップ初期に採用やチームビルディングをする事は想像以上に普通の状況と異なります。何事も経験してみないとわからないのですが、少しでも心構えとして知っておくことができれば、よりうまく対処できるのではないかと思います。ぜひ参考になれば幸いです。