これまで開発チームの作り方、マネジメント、海外の活用などについて自身の経験を元にコラムという形でコツをご紹介してきました。今回は、その中でまだあまり触れられていなかった、CTOの大きなミッションの1つである「エンジニアの採用」についてです。
どの企業にあっても優秀なエンジニアを採用することが、事業や会社の成功の大きな要因の1つであることは間違いありません。しかも昨今のエンジニアへの需要高騰により、採用が非常に難しく、CTOや経営者からも、エンジニア採用で苦労している、と言う話をよく聞きます。しかし、どんなに優秀なエンジニアを採用できたとしても、そのエンジニアが最大限力を発揮し成果を出すことができなければ宝の持ち腐れです。
エンジニアに成果を出してもらう為には、採用後に成果を求めるというよりも、採用の段階で成果が出せるか決まってしまう点が色々とあります。今回のコラムではこの採用の段階で何をすべきか、についてお話したいと思います。
エンジニア採用の前に明確にすべきこと
「どのようにエンジニアを採用したらよいか?」
この質問に単一の回答はありません。単に採用することだけが目的なのであれば人材紹介会社へ依頼する、採用メディアに掲載する、スカウトサービスを利用する、などいろいろな手法があります。
しかし、採用はゴールではなく出発点です。採用後に成果を発揮してもらって初めて意味があります。ですので、採用時に重要なのは次のことを明確にすることです。
「何のためにどのような人、チームが必要か?」
意外とこの部分が不明確なまま、採用の手法論、例えばエンジニアイベントをやろう、などに走ってしまう会社が多いように思います。
しかし、フェーズによって採用すべきエンジニアは異なります。フェーズの違いとは例えば次の通りです。
- 創業直後のアイデアをプロダクトにするフェーズ
- PMFが見えておらずやることがコロコロ変わるフェーズ
- サービス利用が広がりプロトタイプに毛が生えたようなものからシステムを安定化させるフェーズ
- 特定の技術に特化したエンジニアが必要なケース
この中でも、特にスタートアップ初期の場合、経営視点で考えるべきことがあります。それは、
「いま正社員としてエンジニアを採用すべきかどうか、すべきならどのような待遇で採用すべきか」
です。
日本は正社員を簡単に解雇することは出来ません(出来ますが、あまり一般的ではないです)。したがって、会社が不安定な中で正社員を雇用することが、会社としてどこにどのような負荷がかかってくるのか、を理解する必要があります。また、そのフェーズに入社することの意味を、採用される側であるエンジニアに正しく伝える必要があります。これを怠ると後で不満の種になり、結果的に「最大限力を発揮してもらう」ことが難しくなります。これは大きな時間のロスになり、スタートアップとしては致命的です。
ジョブ・ディスクリプションを書くことから採用活動が始まる
ジョブ・ディスクリプションとは何か?
採用時に募集しているポジションの詳細を具体的に記載された募集要項です。一般的には
- このような技術
- このような業務を担当する
- このような条件である
ということだけを書いたものをジョブ・ディスクリプションと呼ぶことが多いです。
しかし、これを効果的な企画書にするために、私はつぎの3つの情報を必ず書くようにしています。
- 採用をしている背景
- 採用を決定する価値観
- なにを達成してほしいのか
です。1つずつ見ていきましょう。
「なぜ今採用をしているのか」という背景=ストーリーで興味を引きつける
大企業であれば常にエンジニア募集をしていることは不思議ではありません。新卒採用であれ中途採用であれ、仕組み化されて定常的なプロセスとして流れています。「採用している背景はなにか?」と聞けば「エンジニアが足りないから」という答えになりがちですし、求職者側もあまり疑問に感じないと思います。
しかしスタートアップとなると事情は異なります。上述したようにフェーズによって採用する目的や、そもそもどのような技術や経験、どのようなマインドや目的をもったエンジニアを採用するかが異なってきます。
採用する企業側だけでなく、エンジニア側も
「今この会社に入社するということはどういうことなのか?」
「どんな面白いことができるのか?」
を意識している事が多いと思います。
具体的にどのようなことを書くべきかと言うと、
- 現在の会社の状況
- ここからどのようなことを、どのような時間軸でやる予定か
- なぜ「あなた」が必要なのか
これによって、入社時点の会社の状況、入社後に自分は何に貢献できるか、その中で自分にとってどのようなことに新たにチャレンジできるのか、のイメージをもつことができます。求職者に入社後のイメージを具体的に湧かせることは、強い興味を引き起こし、採用時のミスマッチを減らすことに繋がります。
通常、エンジニアであれば見ても見きれないくらいの求人情報に触れていますし、いつでも好条件で転職することが出来ます。その中で興味を惹きつけられる会社や求人は、待遇や会社の知名度よりも「仕事の面白さ」であることが多いのです。待遇や利用技術への興味などは一過性で、より良いものや新しいものへ目移りしやすいものです。しかし、会社の事業内容とそのフェーズ、つまり採用の背景、つまりその会社のストーリーに興味を持ってもらうことができれば、より強いモチベーションで応募をしてくれる事が期待出来ます。
価値観をあわせることで高いパフォーマンスを出す
「背景」を理解してもらった次に重要なのは「価値観」です。価値観とは、結局何を以って採用を決定し、何を以って評価をするのか、ということです。これも入社後のミスマッチを減らす事ができるとともに、エンジニア組織の価値観、ひいては会社全体の価値観を明確にすることが出来ます。
これは、「この技術を使える」とか「こういう経験がある」というスキルの評価ではなく、もっと抽象的なもの、業務を行う上で拠り所となるような価値観です。
考えられる価値観として例えば以下のようなものです。
- 高い技術力が大事、という価値観(高い技術力によって成功がもたらされる事業)
- チームワークを重んじるという価値観(チームワークで成果を出そう、という雰囲気や業務の進め方)
- ビジネスへの理解と興味を重視するという価値観(ビジネスへの貢献をモチベーションとする組織)
いずれも正しいかどうかではなく、CTOを含めた経営者がどのように会社を創り、どのように事業を成功させたいか、ということと強く紐付いています。
もちろん、様々なタイプのエンジニアがいてもよいのですが、結局採用後にチームビルディングをし、日々のマネジメントをしていくには、全体を通して1つ筋の通ったカルチャーが必要になります。そして、それを面接判断する必要があります。これがないと、エンジニアはただ割り振られたタスクをこなすだけ、という仕事の仕方になり、本来エンジニアが持っている力を発揮し、モチベーションに裏付けられた高いパフォーマンスによって自分が持っている以上の成果を上げる、という事は出来ません。
何を達成してほしいのかを明確に
ストーリーと価値観が明確になって初めて具体的な業務に対するマッチングを考えます。
会社としてやってほしいこと(Must)を明確にし、それができるかどうか(Can)を経験や技術、マインドセットから判断します。このMustとCanのマッチングが、以前コラムにも書いた「コミットメント」です。あなたはこれを達成するために採用されたので、必ずそれを達成してください、という内容です。勢いと情熱だけで「出来ます!」というものにベットするのではなく、それが本当にできるかを見極める必要があります。採用時点で「何をコミットメントとして求めるか」が曖昧だと、入社して初めて何をするか考え始め、その時点でやってほしいこととできることのミスマッチが生じ、結果的には成果が出せないという状況になりかねません。
最後に
漠然とした採用活動では、需要が高騰する現在のエンジニア採用環境では絶対に成功しないでしょう。しっかり事前準備をして自分たちの状況や価値観を見つめ直し、それを誰もがわかるように表現することで、その後の採用活動、ひいては採用後のチームビルディングがうまくいくようになります。このプロセスをおろそかにすると、採用の判断軸がブレて、採用に失敗するだけではなく採用に至るまでのスピードも遅くなり、そして、結局チームビルディングがうまく行かず、成果を最大化することが出来ない、結果的に貴重な時間を無駄にしてしまいます。
いまいち採用がうまく行かない、採用時に何を決めるべきかが分からない、と言う方はまずこのような準備をするところから始めてみてはいかがでしょうか。