プロダクト作りの在り方を探るコラム第5回| 仮説キャンバスでプロダクトの仮説を立てよう 市谷聡啓

プロダクトバックログに作るべき内容を積み上げていく。スプリントによるプロダクト作りを運営しているようであれば、プロダクトバックログが開発の中心にあることでしょう。プロダクトバックログはプロダクト作りを駆動する存在と言えます。では、肝心のプロダクトバックログはどのようにして生み出されるものでしょうか。「プロダクトオーナーの勘と経験によって積み上げている」だけでは、作るべきものの妥当性は分からないままですし、プロダクトチームの開発に対する自信も一向に高まっていかないでしょう。ゆえに、プロダクトバックログを積み上げていく前に仮説検証が必要です。今回は、仮説検証のための基本的な道具となる「仮説キャンバス」について扱います。

なぜ仮説キャンバスが必要なのか

まず、仮説検証とはどのような活動でしょうか。その言葉の通り、仮説を立てて、その内容の確からしさを検証する活動のことです。立てる仮説の対象は、様々考えられますが、プロダクト作りを進めるにあたっては、まずもって想定している「利用者」についての仮説を見立てる必要があるでしょう。どういう人たちの、何のためのプロダクトなのか、全く見立てがないまま作り進めようとしても、どのような機能やインターフェースを用意するべきか判断がつきません。

ゆえにどのような課題を解決するのかという「課題仮説」、またその課題が発生しうるのはどのような状況なのかという「状況仮説」この両者を掴む必要があるわけです。

もちろん、仮説の対象はこの2つだけではありません。肝心の、どのようにして解決状態をもたらすのかという「ソリューション仮説」がプロダクトバックログにもっとも近い内容になるでしょう。また、プロダクトを想定している利用者にどのようにして届けるのかという「チャネル仮説」も立っていなければ、あまりにも運任せといえるでしょう。

こうした仮説を立てるために必要な情報について、現時点でチームが「分かっていること」を整理するための道具が仮説キャンバスです。

© 市谷聡啓

仮説キャンバスは14のエリアから構成されています。これらをチームで(もちろんプロダクトオーナーも含みます)会話しながら、協力して埋めていくようにします。

こうしたフレームがなければ、どのような観点で整理すれば良いのか分かりにくくなりますし、どこまで自分たちが分かっていて、逆にまだ「分かっていないこと」は何なのかも判然としません。仮説キャンバスはチームの理解を下支えする存在になるわけです。

仮説キャンバスの内容

さて、仮説キャンバスの各エリアについて中身を把握しておくことにしましょう。

・目的
内容は「われわれはなぜこの事業をやるのか?」の回答にあたります。プロダクトを作るのには何らかの狙い(WHY)があるはずです。WHYがあいまいなままでプロダクト作りを進めることはまずないでしょう。あるとすれば、危険な開発を始めてしまっているか、WHY自体を模索する実験段階なのかなのでしょう。

・ビジョン
「中長期的に顧客にどういう状況になってもらいたいか?」に答えるようにします。目的が、作り手の狙いならばビジョンは、利用対象者の人たちにどうなってもらいたいかという観点になります。

・顕在課題/潜在課題
「顧客が気づいている課題に何があるか?」「多くの顧客が気づけていない課題、解決を諦めている課題に何があるか?」前者が顕在課題、後者が潜在課題を見立てるための問いです。想定対象者のうち、多くの人々がすでに課題として認識している内容が顕在課題です。顕在課題のみを扱うプロダクトをあらためて作ろうというケースは少ないはずです。課題が切実な内容であるほど、想定対象者はすでに何らか解決の手段を取っているはずだからです。

・代替手段
 「課題を解決するために顧客が現状取っている手段に何があるか?」、この問いへの回答が顕在課題を解決する現状の手段にあたります。プロダクトとして顕在課題のみを扱い、代替手段も上がらないようですと、ますます「自分たちは想定対象者のことを理解できているのか?」と疑う必要があるでしょう。あるいは、扱う課題が大した内容ではない(代替手段が特に上がらないくらいの微妙な課題)という見方もあります。課題の見立てと、代替手段の特定は丁寧に行う必要があります。

・状況/傾向
「どのような状況にある顧客が対象なのか」に答えましょう。想定対象者のことをどれだけ理解できているかは、このエリアをどれほど詳しく語れるかではかることができると言えます。さらに、状況の理解を深めていくと、想定対象者の行動の中にパターンを見出せる場合があります。判を押したように、誰もが同じ行動を取っている。これはある状況下に置かれたときに「合理的な行動である」「やむをえない行動である」と多くの人たちが判断できる場合に起きる現象です。これを傾向と言います。

・提案価値
さて、課題が立てられたら、それをプロダクトによってどのような状態へと導くかです。答えるべき問いは「われわれは顧客をどんな解決状態にするのか?」です。課題が解決できるということは、想定対象者が何らかの能力を手にしたということです。プロダクトによって、何ができるようになるのか、言語化しましょう。

・実現手段
「提案価値を実現するのに必要な手段とは何か?」という問いで、提案価値でまとめた内容を絵に描いた餅としないよう、実現手段を見立てるようにします。実現手段ですから、ここには何らかの機能だったり、サービスだったり、あるいは活動やデータなどのリソースもあがることでしょう。

・優位性
「提案価値や実現手段の提供に貢献するリソースが何かあるか?」は、仮説キャンバスで表現する内容を「他ならぬ自分たちが手掛ける理由」に繋がります。提案価値の実現に寄与する何らかのリソースや背景がないようですと、ゼロからのスタートとなって時間やコストが大きくかかる可能性がありますね。そうした可能性も見据えた上でそれでもWHYを実現するために取り掛かる、といった覚悟が求められるところです。

・チャネル
「状況にあげた人たちに出会うための手段は何か?」で、どうやってプロダクトを想定対象者に届けていくのか作戦を立てます。ここのアイデアが乏しかったり、あまり作戦の見通しが立たないようですと、せっかくモノはできたのに使われることがなく、結果的に価値が実現しなかったということはよくある話です。

・評価指標
「どうなればこの事業が進捗していると判断できるのか?」も、重要な問いです。自分たちが進んでいる方向や進むスピードに問題ないか、ときに俯瞰して捉えることが必要ですが、プロダクト作りの当事者としてのめり込むほどに見えづらくなってしまうものです。

・収益モデル
「どうやって儲けるのか?」シンプルな問いですが活動の根本が問われます。ここまでの内容を持続可能にするためにはそのための仕組み(ビジネスモデル)が必要なはずです。

・市場規模
「対象となる市場の規模感は?」プロダクトを利用してくれるはずの想定対象者が存在する市場はどのような定義で捉えられるか。ここがあいまいですと、顧客とコミュニケーションするための見通しもつきづらくなります。また、自分たちが手掛ける事業で期待するビジネス成果の規模感もよく分からず、どのくらいのリソースと期待を割いて良いのか判断がつかないでしょう。

以上のように問いに答えながら、仮説キャンバスを埋めていきます。より詳しい仮説キャンバスの説明や作り方については、書籍「正しいものを正しくつくる」をあたるようにしてください。

仮説を立ててそれからどうするの

仮説キャンバスで立てた内容は、冒頭であげた仮説と対応します。

  • 「課題仮説」→ 仮説キャンバスの「顕在課題」「潜在課題」
  • 「状況仮説」→ 仮説キャンバスの「状況」「傾向」
  • 「ソリューション仮説」→ 仮説キャンバスの「提案価値」「(主要な)実現手段」

仮説は立てて満足して終わってはいけません。キャンバスにあげた内容は、すべて自明の分かっているものばかりではなく、チームの想像も含まれているはずです。そうした「分かっていないこと」について事実としての確からしさを高めないと、プロダクト作りの意思決定を誤り続けかねません。

そうした事態をできる限り回避し、「作るべきものが何か」をチームが理解できるようになるために、仮説立案に続けて検証活動を行うのです。仮説立案と検証は、一組であると捉えましょう。

この記事を書いた人
市谷 聡啓
「カイゼンジャーニー」 「正しいものを正しくつくる」著者
市谷 聡啓
サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル 開発の運営について経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネ ジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、ギルド ワークスを立ち上げる。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越 境し続けている。訳書に「リーン開発の現場」、著者に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」がある。